2010.05.13
どうしてあの時、手ではなく脚が出たのか考察。
先日、友人の結婚式のため長野に行きました。翌日は貴重な貴重なmy holidayだったので
長野といえば!!!の善光寺参りでもしてみようかと、一人ふらり。知らない土地を特にあてもなくぶらぶら歩くって、本当にわくわくします。目的のない旅。頭空っぽ。まさに俺、フリーダム。長野の門前町は道幅も広く、かつ直線的で、すべてがこの善光寺に繋がっているようで、こんなに頭空っぽ、そして地図も持たない私を門前までらくらくガイダンスしてくれます。「牛に引かれて善光寺参り」じゃなかったけどね。(笑)
国宝に指定されているという善光寺本堂は1707年に再建され、江戸時代中期を代表する仏教建築。(写真一番上) もちろん、参拝したい気持ちいっぱいで中に入ると、500円にてさらに中、内陣やご本尊を見る事ができるというまた魅力的なアトラクションが。この日は平日で観光客も超少なく、並ぶ事なく、するするする~~っと中に入って行けたのでもちろんトライ。しばらく進むと、突然真っ赤な階段が出てきて、前にいたおばさんがするっとその階段を降りて行ったので、何も考えずに私もその階段を降りて行った。そして、階段を降りきって4歩くらい進んでからだろうか、愕然!!!!!! 突然の真っ暗闇。
「へ??なにこれ??」
一瞬何が起こったのか分からず、たぶん、その部屋の中央に立ち尽くしてしまいました。本当に本当に真っ暗闇なので、前方にいたおばさんももう見えないですが、手に持っていらした白いポリ袋のかさかさいう音がかろうじで聞こえる。後ろをがばっと振り返ると、不思議な事に同じく闇でまったく見えないから方向感覚もわからなくなる。ひえ~~~何が起こったの~~~? と心で叫びつつも、とにかく、おばさんのポリ袋の音の方向に恐る恐る歩いて行くけど、おばさん歩くの超早くってぜんぜん追いつかない。しまいにはおばさん、out of the room. 気分はAYA in wonderland.
「ひえ~~~。一人になっちゃったよー。」
己の緊急事態にまだに状況がつかめておらず、動揺しつつ、「そうだっ!!!!携帯携帯携帯~~」っと鞄の中を大捜索。さすがに電話しようとは思わなかったけど、(そこでツイットしてたらウけますよね) 液晶の灯り、灯りが欲しかった! そんな一人暗闇パニックに陥っている時に、やっと背後から声が......。年配のご夫婦らしきお二人の声が少しずつ接近してくる。もう、恥ずかしいとかそういうの通り越しているので、思いっきり......。
「あの、あの、どうしたらいんでしょう?これ~~~???」
と、絶叫。ご夫婦だって私のこと見えてなかったし、人がいないと思っていただろうから驚かれたことと思います。5秒くらい間があってから奥様が「壁!!壁触んなきゃだめよー」とヘルプ。あああああっなるほど。自分の中にまったくなかった発想なので、めちゃめちゃ合点して奥様の声のほうになんとか歩いていって壁のありかを教えてもらう。それからは、もうっ、ひたすらひたすら壁をつたってゴールをめざすのみですよ。長く感じたな~。15分はいたつもりだけど、多分3分くらいしかいなかったんだろうなあ。でも、その途中でもおかしなことになっていて、手で壁を触るっっていうか伝うのが怖くて怖くて仕方ないんです。変なもん触っちゃったらどうしよう!的な。そこで、告白しますが、私が途中から耐え切れなくなり、脚にきりかえました。もうスパイダーマンばりに脚っていうか足で、壁の存在を触ってました。冷静に考えてみると、かなり妙な図だったと思います。
心優しいご夫婦のおかげでなんとか無事に脱出することができて、一体これはなんだったんだろうとまた入口にぐるりと戻ってみる!すると、大きく書いてあるじゃないですか!!この暗闇探検の主旨がっ。ご本尊が安置されている瑠璃壇下の真っ暗な回廊を通り、中程にかかる「極楽の錠前」を探り当て、秘宝のご本尊と結縁する道場だったとか。道場ってwow! そして、大きな文字で右手で腰の高さの壁を伝ってお進みください!って書いてあるじゃないですか~~~~~!これぞお戒壇巡りだったのです。
もちろん、今回の教訓として。まずは、説明読もうよ&人の話は聞こうよです。フリーダムを味わうとどこまでも自由になってしまう私の人生の教訓です。
そして......。緊急事態にこそ、無意識の状態こそ、人の特性というのか本性が出るということです。あの暗闇で、まず、手&腕を使って何かしよう!という発想が私の中でまったくでなかったことに驚きました。私の中の作戦としては、(1)音のする方向に行ってみる(耳使う) (2)とにかく突き進む(足使う) (3)文明使う(ひどい!) の3つでした。さらに手で壁を伝うという行為も怖くて怖くて仕方なかった。ということで、自分の中で、この緊急事態に明確になったのが手&腕がうまく使えない、ということでした。逆を言えば、聴覚&足、よく頑張ったという感じなのでしょうか?だからきっと、どんなに怖くても耳をふさいで座り込むっていう体勢を私は取らないなあと思う。
例えば、赤ちゃんはいろんなものによく触りますよね。本能的に手を伸ばして物をつかんだり、自由に何でも触る。自分の周囲の世界を知る手段であったり、内面的欲求を満足させるための方法として自然な行為です。でも、私たちの社会においては、大人がこの行為を少しずつ制限していくことでもあると思うんです。ご飯、植物、パソコン、化粧品...、触っちゃだめ~~~。野良猫、つり革、なんか汚そうだからあんまりべたべた触っちゃだめ~~。 そう言われてきた気がする。大人になればなるほど、私たちは、視覚や認識力を通して情報をキャッチするように訓練され、その結果、体験して、自分の身体を通して何かを学ぶ機会がどんどん少なくなっていく。何にでも触る事がどこかでいけないって身体にすりこまれていくのかな。
もしかしたら私もそんな潜在意識があったゆえに、とっさに手が出なかったかもしれないし、まして手&腕だけで情報をキャッチするのが怖かった! 手&腕には、情報をキャッチしたり、身を守ったり、スキンシップだったり、受容の意味もあるけれども、その逆もある。攻撃性とか何かを伝えるとか。まさにgive & take. 触れることは一番シンプルなコミュニケーションだったりしますよね。人に手を差し伸ばすこと、そして与える事ができるまでは、他の人とは触れ合うことができない......。他の人に心も腕もオープンにして、受け入れる準備ができるまでは、触れてもらうことさえできないのかもしれない......。
しかし、私はそれ以前。手さえ出すことができず、ただその場でつっ立っていることがやっとだった自分を知ってしまったお戒壇巡り。それからというもの......。ひっそり地道に毎日逆立ちしています。いつでもすんなり手&腕が出てくることを祈って。 あ、でも、.先にパンチが飛んでしまったらごめんなさい!
内田あや
パーソナルトレーナー&ライター
as・i・am/apartment主催。パーソナルトレーナー&ライター。『25ans』『フィガロジャポン』など女性誌編集者を経て、ファッションは健康で美しいカラダと心から!と一念発起して現職へ。GYROTONIC®、GYROKINESIS®を通してお洒落peopleのボディメイキングをサポート。