2009.06.02
ブタペスト散策2
鍾乳洞? 花畑? 空につながる青屋根と...
ドナウ河の両側に広がる美しい街、ブダペスト。青空が広がります。

19世紀末、ハンガリアン・アール・ヌーヴォーの名作から、建築家レヒネル・エデンの作品を2つ紹介しましょう。その前に、19世紀末といえば、「ハンガリー建国千年」を記念する1896年を迎えた時代であったことにも触れておきます。大規模博覧会が催されるなど、この街全体が開発のエネルギーに満ちていた当時、これらの建物は誕生しました。
建築そしてデザインの表現において、来たる20世紀の様式を模索しようとした国際的な動きアール・ヌーヴォー。各国で起こったこの動きでは、それぞれにまったく新しいものを求めるのではなく、各地域が内包している歴史、あるいは民族の記憶といった側面もとりいれるようにして探究されたものでもありました。
まずは、ブダペスト14区に建つ地質学研究所です。建築コンペでみごと1位に輝いたエデンの設計によって、1899年、まさに世紀末に完成をみた施設。うねる階段。柱や天井。「地質」の文字を念頭に歩いていくと、どことなく鍾乳洞を進んでいくかのようにも感じられます。そこに明るい色彩の装飾が調和しているのです。空間全体が美の彫刻。エデンの夢。天井も窓も華麗な花模様で彩られています。
.
微妙な色彩を忠実に写すのは難しいのですが、青がアクセントとなった造形を感じとっていただければ......。屋根の最も高い部分には地球を支える人々のオブジェがあります(地球が重くのしかかっているのではありません!)。地球と人。そう、地質学研究を象徴する造形です。窓枠の造形にも注目を。
地質学という、地球や自然そのものがテーマの建物でもあるからか、自然こそアートといったことを改めて考えさせられる点が多数......。通路のあちこちに鉱物オブジェ等がおもむろに置かれていたり、探検気分も満喫できます。
.
.
曲線&曲線、花々。随所に施された丸い点が目につきました。イタリアのメディチ家の家紋の丸は丸薬でしたが、こちらは花々の種子でしょうか。気になります。
快晴の空にそのままつながるような青い屋根。ガラスのように輝くセラミック、こちらもジョルナイ工房の制作です。屋根の先にはケシの実を表わす造形も施されています。
エデン建築でもうひとつ、やはり見落としてならないのが、ハンガリー国立中央銀行の別館となる旧郵便貯金局。こちらもハンガリー世紀末建築の代表作です。完成は1901年。
エデン渾身の作にして、彼の造形のまさに頂点を目にできる建築物。今に残るその建築は、驚くほど精緻な装飾に彩られています。石づくりの建築だというのに、建物そのものが繊細なレース模様のようにも感じられてくるのは不思議。
.
外観を思いきり見上げた状態です。高い建物、たとえば聖イシュトヴァーン大聖堂の展望台から目にすると緑に輝く屋根が楽しめるのですが......。エデンは「(華麗な緑屋根は)鳥が楽しむだろう」と述べたとか。まさにその通りで、残念ながら地上からは華やかな屋根部分は見えません。
こちらも当時の評価はケンケンガクガク、やはり物議をかもした作品だったようで、入手したブダペスト市発行の資料には、「エデンは1901年以降、仕事の依頼を受けることがほとんどなくなってしまった」とありました。彼がこの世を去ったのが1914年だったことを思い返すと、少々複雑な思いにかられます。
新たな時代を目ざして世の中が大きく動いた時代、自らの文化、アイデンティティを大切に、マジャール文化の香りにも包まれた建築をまとめあげた建築家。その造形は今なお新鮮、この街を訪れる人々に様々なインスピレーションを与えてくれる存在となっています。
短期間のブダペスト滞在で、手もとの「見るべき建築リスト」はさらに増え、この街にもまた戻ってこなくては、と強く思いながら、フェリヘジ空港を後にしました。
川上典李子
ジャーナリスト
Noriko Kawakami, journalist
デザイン誌『AXIS』編集部を経て、94年独立。ドムスデザインアカデミーリサーチセンターの日伊プロジェクトへの参加(1994-1996年)を始め、デザインリサーチにも関わる。現在は、「21_21 DESIGN SIGHT」のアソシエイトディレクターとしても活動。主な著書に『Realising Design』(TOTO出版)など。