2009.09.08
デザイナー柴田文江が参加した、
都市のミニマル・トランジット空間
「価値」についてしばしば考えます。とくに最近、デザイナーの友人たちと「価値」について意見交換をする機会が増えました。
私たちは「これだけは」というこだわりを持っています。でも、それも人それぞれ。ささやかながらも幸せにしてくれるものもがあることだって、すでに知っています。使い込まれてすでにボロボロになってしまった何かを、繕いながら大事にしていたり。
あるいは、その場の状況や気持ちによって、「これは」というものを瞬時に選択していたりもします。選択肢の幅も生まれ、自分に大切なものを探す楽しさを知っている人も増えています。大好きなブランドのカシミアのセーターも、待ち合わせ時間に衝動買いした数千円のシャツ(それも何年も前に買ったものだったり)も、等しく大切だったり......。
その人にとっての「価値」は多種多様です。「静かな喫茶店で寛ぐこともあれば、テイクアウトのコーヒーに心が和むこともありますよね」。そう語るのはプロダクトデザイナーの柴田文江さん。「限られた条件があればなおさら、そのなかで何ができるのか、どのような価値を実現できるのかを、デザイナーとして考えたいと思っています」。
柴田文江さん。家電、キッチンツール、ステーショナリー、ベビー用品......と幅広いジャンルのデザインで活躍中。彼女が率いるデザインスタジオエスの活動はこちらで。http://www.design-ss.com/ Photo: Courtesy of Design Studio S(他写真も)
柴田さんが最近とりくんだひとつが、なんとカプセルホテル。「9h(ナインアワース)」という名のプロジェクトです。クリエイティブディレクターとしてプロジェクトに関わったのは3年前。2年前にはサイン&グラフィックデザインを手がける廣村正彰さん、デザイナーの中村隆秋さんが加わったチームを結成。「ディスカションを重ねてきました」。
カプセルホテルの「現状」から、柴田さんに尋ねました。話を聞きながら、20年ほど前、NASAの空間デザインにも関わっていた建築家の友人が日本に滞在し、カプセルホテルやユニットバスの調査をしていたことを思いだしました。その友人が「極小居住スペースとしておもしろい!」と興奮していたことも。その後ヴェンダースの映画にカプセルホテルが登場、その話題で盛り上がったことなども懐かしく思いだしながら......。
それ自体は別に珍しくはないカプセルホテル。そのプロジェクトに今回、デザイナーのチームは何をしたのでしょうか。柴田さんの話から、目に見える部分をただ変更したり、"お化粧"を施す類いのプロジェクトではないことが伝わってきました。カプセルホテルを豪華なものに変える企画でもありません。限られたスペース、通常のホテルとは異なる滞在ルールをふまえながら、「最小限の宿泊空間に今何を求めるのか」という「考え方」を探るプロジェクトだったようです。
「柔らかなフォルム」を大切にしたというカプセル部分。内部も曲線が特徴。
「たとえば仕事で東京から関西に行ったとき。打ち合わせが長引いて終電を逃してしまったりしたときに、ビジネスホテルはどこも予約でいっぱいだったりします。宿泊料金の高いホテルを予約するという選択肢もありますが、翌日は始発で帰らなくてはならなかったりして、高価なホテルは別の機会に泊まればいいじゃない、と考えたりもします。けれども、きちんと眠って、翌日の仕事には備えたい。そうした時、女性の私たちにも、新しいかたちのカプセルホテルという選択肢があるかもしれませんよね」。
「とはいえ、プロジェクトを始めるにあたって繁華街にすでにあるカプセルホテルに泊まってみたら、つらかった......私は肌が敏感なのですが、熟睡できなくて。そこで、清潔で、安心で、肌に近いものには特に気を配った快適な休息の場にしたい、と考えたんです。自分も年に1回は使うかもしれない場に、と」。
通常はタテヨコにきっちりカプセルが並ぶのですが、あえてずらして組まれています。すぐ上に人がいないということが心理的に大切、と考えてのこと。この写真は8月にAXISギャラリーで行われた展覧会から。
「この値段でこの実質、と、納得のいく価値がありますよね。望んだものを満たしてくれる内容であり、ある種の豊かさです。またこうした豊かさの内容は、20年前や10年前とは違っていたりします」。だからこそ、「自分がユーザーになった気持ち、あるいは女性の友人たちも想像して」、宿泊価格を維持できる範囲で「標準よりも質を上げる」検討を始めたのです。「カプセルホテルの概念を変えるというよりも、ミニマルな滞在都市空間をつくるプロジェクトなのだと意識しました」。
眠りの研究者、塀内隆博氏と開発されているパナソニック電工の寝室環境システムの一部をカスタマイズ。起床予定時間にあわせて光が機能し、快適に目覚めることのできる最新システムです。「広さが限られていても、目ざめが快適なら、気持ちよい1日のスタートになる」。マットレスもこのためにカスタマイズし、掛け布団は羽毛。「できるだけ面積を広くしたかった」という枕は、枕メーカーの人気商品をカスタマイズ。シーツも3つ星、4つ星ホテルで使われているものを。
靴を脱ぎ、荷物はロッカーに入れて館内着に......こうしたルールは一般的なカプセルホテルと同様ですが、館内着やシャワールーム、リネンなど、各々の見直しがされています。一方で、テレビやコーヒーマシンはなし、サウナなどの娯楽施設もなし。「準備中の1号店は隣にコンビニエンスストアがあることもあり、コンセプトは明快に、最小限の品々に絞って、その分、共用シャワールームを快適にするなど、他の部分に予算を費やしました」。
「宿泊機能を抽出し、それをとぎすませていったのです」。必要と不要とがきっぱり判断されていました。そのうえで女性デザイナーらしいこだわりの一例を挙げましょう。
まずはタオル。綿タオルのクオリティは繊維の長さに左右されます。今回採用されているタオルは、最高級で「繊維の宝石」とまで言われる超長繊維綿に次ぐ、長繊維綿。吸水性に富み、肌ざわりも上々です。「バスタオル、フェイスタオルともにやや大判サイズにしました。宿泊価格が高くなるほどに高級にするつもりはありませんでしたが、宿泊価格に充分応えられる質にしたかった」。
大きめのサイズにしたタオルやシャンプー類。
スポーツウエアのような館内着には5種類のサイズを用意。シャワールームのシャンプー・コンディショナーとボディーソープは、天然素材で環境にやさしいシリコン・フリーに。老舗、玉の肌石鹸と開発したオリジナルで、「日本の植物の香りにこだわりました」。そして、ミネラルウォーターにも柴田さんのこだわりが。「富士山の麓で採取された、パナジウムを多く含むミネラルウォーターです」。
採水地にもこだわったミネラルウォーター。

スリッパ袋には館内での過ごし方がバイリンガルで記載されています。スリッパをとりだした後は、携帯電話やメガネなどの館内用小物入れに。
多数の人々がルールをふまえて心地よく空間を共有する......荷物はロッカーに入れ、手ぶらで過ごすスポーツクラブやゴルフ場で過ごすような、思い思いに時間を過ごす空港のラウンジのような、そうしたシーンが浮かんできました。空間やホスピタリテイそのものを堪能する類のホテルとは異なり、ショートステイを目的とする場。けれどもインターネットカフェや深夜のファミリーレストランでは得られない「眠りの質」をできる限り求めた空間。都市のトランジットタイムを、いかに心地よくするか。
ある時にはラグジュアリーホテルのロビーでゆったりコーヒーを楽しむ「私」もいれば、ある時には、待ち合わせ場所に向かいながら、テイクアウトしたスターバックスのコーヒーで気分転換を楽しむ「私」もいる......。そんな現代生活者の私たち。こうしたトランジット空間を賢く使いこなす女性も増えていくのでしょうか。今回のプロジェクトとは別のものになりますが、最近では、飛行機のファーストクラスをイメージしたという、やはり宿泊特化型のキャビンスタイルホテルなるものが誕生していたりもします。
シャワー1時間、睡眠7時間、休憩1時間を想定した「9h(ナインアワーズ)」は、1泊4900円。第1店舗は12月初旬に京都に誕生する予定ですが、デザイナーである柴田さん自ら「泊まってよいと思う場にした」プロジェクトだけに、女性ユーザーがその価値をどう感じるのかは、やはり気になります。ちなみに「事前の会員登録制とし、女性も安心して利用できるように」というシステムそのものから、デザイナーのチームが関わっていました。
「高価なフルコース料理ではもちろんありませんが、フルコースの形式に固執しながらも素材や味に納得できない低額セット料理でもありません」。どこまでも明快です。
「品数は少ないかもしれませんが、予算内で質にこだわるという発想です。そうですね......素材にこだわって焼き上げられた上質なクロワッサンとオレンジジュースを手にとる、という感じかな。"ジャストフィット"なものを探るという考えなんです」。
「9h(ナインアワーズ)」http://9hours.jp
The is a Japanese company's design project named "9h (nine hours)" which questions the value of "capsule hotel" today. Capsule hotels are a minimal space,people can stay there for cheaply price. The capsule hotel made its first appearance in Osaka in 1979, designed by Japanese architect, Kisho Kurokawa.
Ms. Fumie Shibata, Japanese product designer has been pursuing the aim of the "9h" project as a creative director for 3 years. Then she and other designers' team decided the elements which are really necessary for the "minimal transit space" in the center of big cities in Japan. Each capsule includes Panasonic's advanced system for good sleeping by computerized control lighting. She also tried carefully to realize the possible qualities for the original toiletries and bath towels within the budget. 9h's first hotel will open in Kyoto this December.
text by Noriko Kawakami
川上典李子
ジャーナリスト
Noriko Kawakami, journalist
デザイン誌『AXIS』編集部を経て、94年独立。ドムスデザインアカデミーリサーチセンターの日伊プロジェクトへの参加(1994-1996年)を始め、デザインリサーチにも関わる。現在は、「21_21 DESIGN SIGHT」のアソシエイトディレクターとしても活動。主な著書に『Realising Design』(TOTO出版)など。