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小説の本質を確信する『暗夜/戦争の悲しみ-世界文学全集-1-6』

2008.10.16

小説の本質を確信する
『暗夜/戦争の悲しみ-世界文学全集-1-6』

 中国の残雪、ヴェトナムのバオ・ニン。注目されるアジア人作家の代表作が、一冊に収められた。池澤夏樹が個人編集する「世界文学全集」第I集の6巻。残雪は1953年生まれ、バオ・ニンは1952年。同世代であることが、まず共通する。しかし......。

「わたしは午前中いっぱい庭にいて、土の中から這いだしてくるミミズをシャベルで取りのけている」(残雪『阿梅(アーメイ)、ある太陽の日の愁い』より)

「今夜は特別暗く、路上では荷を運ぶ一輪車が何台もそばを通っていくのだが、彼らの姿はほとんど見えない」(残雪『暗夜』より)

「あれは総身の毛のよだつような残虐非道な戦闘だった。乾季の強い日ざしと強風の中で、ガソリンをたっぷりと振り撒かれた森は、一気に地獄の炎に包まれた」(バオ・ニン『戦争の悲しみ』より)

book081016.jpg暗夜/戦争の悲しみ-池澤夏樹-個人編集-世界文学全集-1-6

 残雪の短篇7作には、幻想小説、寓話の趣が濃い。初めは何気なく読むが、ふと考えたら、どこの世界に半日かけて取りのけるほどミミズがいるのか。どれほどの暗夜なら、すぐそばを駆ける人と車を見分けられないのか。残雪は、見た夢をそのまま小説にするのかとさえ想像する。

 バオ・ニンの長編『戦争の悲しみ』は、ヴェトナムの戦場体験と、それを文章にとどめようとする主人公、キエンを描く。キエンは恋人のフォンと17歳で生き別れ、戦場に向かう。フォンは、キエンと一緒だった貨物列車で数人に強姦された。直後に襲って来た米軍機。女は同胞に襲われ、外国人に襲われる。男は兵士として、同胞、外国人と戦う。

 残雪とバオ・ニンの作品に、関連性はなさそうだ。幻想小説、寓話には、想像力の自由さはあっても社会性や現実感がない。社会派小説は、読むのも辛いほどのできごとと向き合う。そこで重視されるのは想像性よりも現実性である。

 しかし、そのような比較は意味がないだろう。作家は、彼女や彼が生きる現実に立って作品を書くし、どんな作品も現実の反映である。必要なのは実感を構成する力。想ったまま、見たままを書いても小説にはならない。

『戦争の悲しみ』に、こんな一節がある。
「永遠に癒されぬ戦争の悲しみ。その悲しみに深く浸りながら回想に回想を重ね、戦争で犠牲になった人々のことを記録すること、これがキエンの天与の使命だった。彼はつまり、過ぎ去った歳月の予言者、過去の予言者として存在するのだった」

 過去を予言するとは、起きたできごとを、これから起きるものとして述べること。完了しない永遠の現在を記述する態度である。尽きないミミズを取りのける、物の姿がわからない暗夜を歩き続ける。残雪の短編もまた、過去の予言だ。なぜ、こんなことが起こっているのか。私たちは日々、人に知られぬつぶやきを、口に上らせながら生きている。終わろうとする『暗夜』に、残雪が記した一文。

「一輪車が絶え間なくぶつかってきて、どうして道路から落ちないのか自分でも不思議ほどだ」

 そう。私たちはどんな不条理も、死ぬ瞬間まで引き受けなければならない。一巻を閉じた時。残雪とバオ・ニンの作品に、小説の本質を確信した読者は多いだろう。

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2008.10.16  |  CULTURE