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猫と人を通して生命感を描く。古川日出男『MUSIC』

2010.05.24

猫と人を通して生命感を描く。古川日出男『MUSIC』

 狩り。
 狩りの物語。

 読みながら思った。どんな場所であれ、この世には生存競争のドラマがある。たった今、この時にも繰り広げられている、生きるか死ぬかのドラマを、 一人一人、一匹一匹に焦点を合わせて描く。これが『LOVE』から続いて『MUSIC』に至る、古川日出男の態度だ。

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 男でも女でも、典型的な主人公など必要ない。人も風景も含めた、街という世界を書く。それが古川の考えだろう。

 ヒーローもヒロインもいない小説?

 それをいうなら、誰もが皆、ヒーローでありヒロインだ。私たち自身が、人生というドラマの主人公。ドラマを持たない生き物なんて、いない。--家庭で繰り広げられるドラマは、演劇、映画、テレビなどより劇的である--古川の作品では街もまた主人公になる。

『LOVE』の後記に、古川は「登場人物の現況」を書いた。物語が終って、彼や彼女らは何をしているのか、という報告だった。

「カナシー 組織のナンバー2に。しばしば秋山徳人のライブに出没」
「吉村キシ 連続通り魔事件を起こして、福岡で逮捕」
「ドナドナ 死亡」
「江原由佳 離婚」
「ユウタ 真夏の決戦にむけて、準備万端」......

 本を閉じても、彼らの気配はなくならない。現われては消え、消えてはまた現われて。疾走感が残った。

 そして『MUSIC』。ユウタ、シュガーなど、何人か『LOVE』の人物が再登場する。疾走感は今度もあった。京都を舞台にした、裏の駅伝大会が描かれる。 猫は鳥たちを狩るためにDASH! 文字どおり、走る小説だ。

 スタバ登場。「その猫にはまだ名前がない。いずれは名前が付けられる」スタバは生まれたばかり。青山霊園一帯を縄張りとする。

 ユウタ登場。「その少年には名前がある」田渕佑太が『LOVE』に続いて現われた。猫を数える能力の持ち主、キャッター。12歳。

 美余登場。「その少女はかつての名前を小学校の校庭に埋めてきた」本名は佐藤美余。シュガーとも呼ばれた少女が走りに目覚める。12歳。
 
 かずみ登場。「かずみには二つの名前がある」「北川和身と北川和美」双子として生まれ、死んだ少女の意識が彼の体に目覚めた。24歳。

 スタバとユウタの出会い、猫と人の会話。走り始める美余、ひたすらなトレーニング。男であり女であるかずみは京都へ、一人で二人の会話を交わしながら。鴉や鳩を狩って走るスタバは、とらわれて東京から京都へ。ユウタも京都へ。美余も駅伝大会に出るために京都へ。東京で始まった物語は、登場人物の移動とともに京都に移る。

 ハイライトは、クマタカに襲われて逆襲し、クマタカに噛みついたまま空を飛ぶ、スタバの姿だ。
「飛びつづけている。/スタバは理解する、空。/これが、空、と。/スタバは風を聞いている。音?/飛べば空気が鳴る。鳥には日常茶飯事の、しかしスタバには鮮烈きわまりない初の体験の。/鳴り。/これはどんな音楽?」

 そして一方の地上では、美余が走り出している。
「沿道に応援はない、これが裏の駅伝(それ)だから当然ない、転倒がある、 どこかのお国のランナーが転ぶ、二区のコースは難関に次ぐ難関を設定しているから必然でもある、美余は思う、ええい、いじめね!」

『LOVE』のプロフィールに、古川は書いた。この作品は「前作『ベルカ、吠えないのか?』に対する猫的アンサーである」と。

『ベルカ、吠えないのか?』は、戦中、北方のキスカ島で置き去りにされた四頭から生まれ、現代まで続く犬たちの物語だった。

 古川は犬の生命を通して時代を描いた。『LOVE』から『MUSIC』で古川は猫を登場させ、人とともに街に棲む生命を描いた。彼にとっては人も動物も等価であり対等だ。そして読者が古川作品に感じるのは生命感に違いない。

 世の中が不況で混迷し、行く先が見えない現代、最も大切なのは生きている 実感である。財産や地位や学歴や家柄など、生命感に較べたらどれだけの意味があるだろう。動物たちは財産にも社会的権威にも頼らない。人間だけが、自分以外の価値にすがっている。もし、それをなくしたら? 死んでしまう人が多いのである。

 生きているという、まさにライヴ感を味わえる。古川日出男の小説が迎えられる理由は、そこにあるのではないか。

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2010.05.24  |  CULTURE
COLUMNIST

木部与巴仁

詩人

「FIGARO JAPON」本誌書評欄などに執筆。作曲家、演奏家とともに、“詩と音楽を歌い、奏でる”「トロッタの会」を運営。2012年3月(月)、すみだトリフォニー小ホールの「日本音楽舞踊会議」演奏会に出演予定。5月13日(日)、第15回「トロッタの会」を早稲田奉仕園スコットホールにて開催予定。隔週刊で「詩の通信VI」を発行中。http://torotta.blogspot.com/

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