2008.12.25
昆虫を求めて新大陸へ渡ったナチュラリストの生涯
『マリア・シビラ・メーリアン』
衝動に、人は生かされる。衝動を持続することで、人は生きてゆける。
タイトル『マリア・シビラ・メーリアン』は、主人公というべき女性の名。サブタイトルは、女性の生涯を一行で表している。すなわち、"17世紀、昆虫を求めて新大陸へ渡ったナチュラリスト"。綴られるのは、おのれの衝動に忠実に生きた、ある女性の生涯である。
表紙カバーの絵は、メーリアンが描いた水彩画だ。かいこがいる。糞をしている。繭がある。さなぎがいる。羽化した成虫が、翅(はね)を広げている。
17世紀という時代に、ひとりのヨーロッパ人女性が、これを描いた。現代人にも、その重大さはわかる。
これほど細密な絵を、誰が描けたか? 職業にも学問にも、女性のための美術専修コースなどありはしない。
昆虫の観察を、誰が人生の重大事として行なえたか? 自然科学に関心を寄せる者はあっても、専門家は男だけだった。
かいこはもちろん、蝿や蝶、かえる、蟹など、ある種の動物は"変態"というプロセスを経て成長する。その事実を、誰が理解していたか? ウジ虫は腐った果実やごみの山から生まれる。蛾は古い毛織物から生まれる。芋虫はチーズやキャベツ、蛙は雨粒から生まれると考えていたのが、当時のヨーロッパ人だ。一般に、観察という行為はなかった。メーリアンは観察し、絵を描き、その成果を出版して後世に遺した。
1647年、彼女はドイツのフランクフルトで生まれた。家業は印刷業である。
当時、今日の出版社と印刷会社は同一の職種だった。印刷機の音を子守唄の代わりに聴いたろう。一家の話題は、何をどんな風に出版するかだったろう。宗教家や学者など、自らの考えを世に広めたい者も集まった。
生まれながら、今でいうマスメディアの中心にいたメーリアンにとって、絵を描き、出版するという行為は当たり前だった。そこに、自然の生態を観察したいという、生来の欲求が重ね合わされる。
--旅へ。ヨーロッパでは見ることのできない昆虫を求めて、住まいのあったアムステルダムから南米のスリナムへ。時に1699年。メーリアンは50歳になっていた。
夫と別れ、縛る者がないとはいえ、娘を連れている。過酷な地をめざすには、あまりにも過ぎた年齢だ。それでも、彼女は行こうとした。生きる衝動は、なお健在だった。
『スリナム産昆虫変態図譜』。やがて結晶化する、情熱の証。彼女の著作である。
改めて思う。300年以上も前、たったひとりの女性が、昆虫の生態を絵と文に描き、たったひとりの手で出版した。衝動というものの、底知れぬ力。衝動を持続させる、人が持つ意志の偉大さ。対象が小さな生き物たちだけに、その感慨は深い。
木部与巴仁
詩人
「FIGARO JAPON」本誌書評欄などに執筆。作曲家、演奏家とともに、“詩と音楽を歌い、奏でる”「トロッタの会」を運営。2012年3月(月)、すみだトリフォニー小ホールの「日本音楽舞踊会議」演奏会に出演予定。5月13日(日)、第15回「トロッタの会」を早稲田奉仕園スコットホールにて開催予定。隔週刊で「詩の通信VI」を発行中。http://torotta.blogspot.com/
