2009.01.08
官能性を超越したカオス、渾沌の世界
「レオナール・フジタ展」
創造の名に値するものを、彼は創り出したいと思ったのだろう。
スケールの大きな世界に、向き合いたいと思ったのだろう。
縦横3メートルの絵が、4枚並んでいる。どれにも裸の男女が入り乱れ、抱きあい、闘い、見つめ、微笑み、怒っている。その数、約100人。
女たちの肌は、"すばらしき乳白色の地"と讃えられた、画家独特の白。絵の題名は、『ライオンのいる構図』『犬のいる構図』、そして『争闘I』『争闘II』である。
人間の裸体を、ここまであからさまに描いた作品は、滅多にない。まさに創造であり、大スケールの作品である。展開されるのは、精神性を徹底的に排除したエロス、官能性を超越したカオス、渾沌の世界。
レオナール・フジタ、藤田嗣治の日本巡回展が行なわれている。北海道を皮切りに、宇都宮を経て、現在は2009年1月18日(日)まで東京・上野の森美術館で。その後は福岡、仙台を巡るという。
展覧会は、四つの内容に分かれる。第1章は、渡仏後数年の、物寂しさの優る作品群。それが一転して、"すばらしき乳白色の地"を得てからは豪華な女性のヌードを描き続ける。第2章は、『構図』や『争闘』など藤田の群像表現を見る。あわせて、世界初公開の『馬とライオン』、それに彼が愛した猫たちの絵も。第3章は、晩年を過ごしたエソンヌ県の村に残るアトリエの再現。第4章は、キリスト教に改宗してから描き続けた、宗教画の数々。
『構図』と『争闘』が描かれたのは、1928年である。一部が1929年当時の日本で公開されたものの、それきりとなって、作品自体が幻だった。藤田は『構図』と『争闘』を、モデルであり夫人でもあった、ユキことリュシー・バドゥーに贈った。それは1931年、二度とフランスに戻らないと決めた、旅立ちの時。
「私はすべてを捨てる。パリを、あなたを、住まいを、友人たちを、すべてを、そうすべてのものを。(中略)しかし、私たちが今持っているすべてのもの、すべての作品はあなたのものだ。最も美しく愛するもの、それは私が精魂を込めて作りあげた4枚の大作だ」(展覧会図録の文章「80年ぶりに祖国で公開される幻の群像大作」より、ユキに宛てた手紙の一節)
作品が再び日の目を見たのは、1992年、パリ郊外の倉庫において。戦後、藤田はユキから作品を返されたものの、なぜか世に明かそうとしなかった。無惨な状態だったというが、フランスの国家財産となり、徹底的な修復を経て、今回の展覧会で日本公開された。フランスに返されると、エソンヌ県の美術館が常設展示するため、4枚同時に見られるのは、これが最後の機会らしい。
展覧会図録は、『構図』や『争闘』に関する記述が他にない今、画家の運命、絵画の運命について考える、よい資料である。なぜ、藤田はこれらの作品を描いたのか。彼に描かせた、画家の衝動は何なのか。完成から80年を経て、21世紀の私たちは、あまりにも大きな謎を突きつけられた思いがする。
*「没後40年 レオナール・フジタ展」は、2009年1月18日(日)まで、上野の森美術館で公開中。この後、2月22日(日)から4月19日(日)まで福岡市美術館、4月26日(日)から6月7日(日)まで、せんだいメディアテークにて公開される。
木部与巴仁
詩人
「FIGARO JAPON」本誌書評欄などに執筆。作曲家、演奏家とともに、“詩と音楽を歌い、奏でる”「トロッタの会」を運営。2012年3月(月)、すみだトリフォニー小ホールの「日本音楽舞踊会議」演奏会に出演予定。5月13日(日)、第15回「トロッタの会」を早稲田奉仕園スコットホールにて開催予定。隔週刊で「詩の通信VI」を発行中。http://torotta.blogspot.com/