2009.01.16
恋人を亡くした七年間の痛手から立ち直る
渡辺容子『イン・パラダイス』
リョウはいった。
会いたいけど、もう二度と会えない人がいる、と。それは--。
「出会った頃の旦那に会いたい。もう一度、昔の優しかった頃のあの人に会いたい。絶対に会えないのはわかってる。わかっちゃいるけど、でも会いたいんだよ」
両手で顔を覆い、泣きじゃくるリョウ。
どんな小説にも、心を打つ言葉がある。社会派ミステリーをうたい、パチンコ・ホールに集う男女を登場人物にした『イン・パラダイス』である。ミステリーやパチンコには疎くても、描かれるのは人であり、彼女や彼が現われるのは、ありふれた日常の場所。リョウの言葉が持つ真実、普遍性を理解できない読者はいないだろう。
主人公は小田切可憐(かれん)。かつて、恋人であり創作のパートナーであった桜井勇気と、音楽デュオ"アダージョ"を結成していた。日本武道館を満員にするほどの人気だったが、可憐との挙式当日、勇気は自動車事故に遭って死ぬ。失意のあまり、可憐は音楽の世界から身を退き、サラリーマンと結婚して主婦業に専念している。そんな彼女の日課が、毎日通うパチンコだ。
パチンコ・ホール。そこは、人間の喜怒哀楽が詰まった世界である。金銭を投資し、元手以上の見返りを得られればいい。たいていは元手を失うばかりか、それを取り返そうとして泥沼にはまり、惨めな気持ちを味わう。
見たことがあるだろう。街のパチンコ・ホールに、開店前から長蛇の列を作る人々を。何を考えているかは知らない。ただ、こうはいえる。楽園を求めながら、彼女や彼は地獄の縁に腰をかけている、と。
パチンコ・ホールには、過去も未来もない。あるのは、絶対の現実。パチンコで過去の過ちを取り戻すことはできず、未来の保証を得られるはずもない。彼女や彼は、目の前の現実だけを生きている。
ホールでは顔なじみができる。その一人、永遠子(とわこ)が鉄道自殺を遂げた。死の前日、可憐は永遠子に悩みを聞いてほしいといわれたままだった。気の合わない相手だが、頼みを無視した結果になって可憐の気は晴れない。そこに、自殺の原因を探っている奥田俊介が現われる。俊介は永遠子の兄を名乗るが、実は離婚した元夫だった。さらに彼は、可憐の愛した桜井勇気と瓜二つ。可憐が奥田に引かれるのも、時間の問題だった......。
物語の終盤、こんな一節に出会う。
逃げる、隠れる、消える。追い詰められた人間に選択肢はたくさんある。しかし最も難しく、かつ簡単な方法は、自分の運命をすべて受け入れること。"どんな困難にも負けない自分の強さを信じてあげること"だ、と。
可憐には次々と難題が降りかかるが、彼女は逃げずに立ち向かう。それは可憐にとって、恋人を亡くした七年間の痛手から立ち直ることでもあった。読後の爽やかさを、主人公の女性らしい誇りと強さが支えている。
木部与巴仁
詩人
「FIGARO JAPON」本誌書評欄などに執筆。作曲家、演奏家とともに、“詩と音楽を歌い、奏でる”「トロッタの会」を運営。2012年3月(月)、すみだトリフォニー小ホールの「日本音楽舞踊会議」演奏会に出演予定。5月13日(日)、第15回「トロッタの会」を早稲田奉仕園スコットホールにて開催予定。隔週刊で「詩の通信VI」を発行中。http://torotta.blogspot.com/
