TOPIC PATH
HOME
  >  COLUMN
  >  読んだ一冊 探した一冊
  >  ケータイ世代の切ない恋の形谷村志穂『黒い天使になりたい』
ケータイ世代の切ない恋の形谷村志穂『黒い天使になりたい』

2009.06.04

ケータイ世代の切ない恋の形
谷村志穂『黒い天使になりたい』

 時間が、ますます断片化している。
 携帯電話で電話する。歩きながら、駅のホームで、人と話しているのに中断して、他人と。

 電子メールを書く。やはり携帯電話で、歩きながら、電車で、バス停や駅で、映画や芝居の合間に、食事中に。

 じっくり腰を落ち着けるということがない。だからこそ、人は落ち着きたい。携帯電話で小説を読むなどというと、落ち着かなさの典型のようだが、逆だろう。少しでも、連続した時間に身を置きたいのだ。

 谷村志穂の『黒い天使になりたい』は、携帯電話サイトで読むため、2000年から書かれた短編を集めている。04年刊行の単行本では"ケイタイ"と表記され、09年の文庫本は"ケータイ"に変わった。正しい正しくないの問題ではない。ここに時代の気分がある。

kibe1.jpg谷村志穂『黒い天使になりたい』

 かつての恋人と固定電話で話している。「なあ、出てこないか?......じゃあ、俺がそっちへ行くよ。ポーに会えるかな」ふたりで育てた猫を、会う口実にする男。女は断らず、男との記憶に身をゆだねた。その時、ケータイが鳴る。出てみると高校時代の同級生で、洗剤のセールスを始めた。固定電話は通話中にしたまま、女はセールスの文句を聞き続ける。(『ナニカ サミシイ』)

 山手線で外国人にナンパされ、弱っている女を見た先輩と後輩の二人連れ。電車を降りた女を追いかけ、話しかけた。積極的なのは先輩だが、女の好みは後輩だった。後輩は、タクシーに乗ろうとする女のケータイを手にし、とっさに自分の電話番号を打ちこむ。「あとで電話するよ」そのとおりに電話した後輩に、女は優しい声で応じた。(『Real heartを探しに』)

 ケータイを使って、男たちとの交際に忙しい姉。妹にはケータイがらみの事件に巻きこまれるなと説教するが、男から連絡が絶えないことに、自尊心を持っているようだ。そんな妹も、ついにケータイを持つ。初めてメールを送った相手は姉。われながら情けなく思っていたところに、画面をのぞきこんだ少年が話しかけてくる。(『秘密』)

 10年も前に書かれたせいだろう。現在のケータイ事情を考えると、設定が素朴だ。固定電話とケータイを併用している点、音楽や画像を受信せず、カメラ機能も使われていない点など、まだまだある。それは作者もわかっていて、単行本版に手を加え、新たな読者に違和感を抱かせないようにした。

 仮に、旧版と新版を読み比べる読者がいたとして。機器や機能の変化は気になるだろうか? なったとしても、女と男の関係、人の心、喜怒哀楽、悩みや苦しみなどは、時代にかかわりないことを実感するだろう。さらに、小説の特性。他者の行いを目の当たりにし、それを鏡にすることで、読者自身の姿を教えてくれる役割にも思いが至るはずだ。

 あとで電話するよ、あるいは、あとで電話するから。『Real heartを探しに』で使われたせりふである。その意味は--、今は忙しいから。つながっていたいから。今は考えたくないから。もっといい方法を見つけるから。

 使う状況はそれぞれだろうが、現代人の気質を象徴している。寂しいのか? ケータイは切っても、関係は維持しておきたいらしい。時代を象徴する機器は、時代にふさわしい言葉を生んでいる。

PREV  |  NEXT >
2009.06.04  |  CULTURE
COLUMNIST

木部与巴仁

詩人

「FIGARO JAPON」本誌書評欄などに執筆。作曲家、演奏家とともに、“詩と音楽を歌い、奏でる”「トロッタの会」を運営。2012年3月(月)、すみだトリフォニー小ホールの「日本音楽舞踊会議」演奏会に出演予定。5月13日(日)、第15回「トロッタの会」を早稲田奉仕園スコットホールにて開催予定。隔週刊で「詩の通信VI」を発行中。http://torotta.blogspot.com/

BACK NUMBER
BACK NUMBER