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29歳。会社員。社の秘められた過去に挑む―。三浦しをん『星間商事株式会社社史編纂室』

2009.11.26

29歳。会社員。社の秘められた過去に挑む―。
三浦しをん『星間商事株式会社社史編纂室』

「社史編纂室でも、同人誌を作ろう!」
 思いがけない本間課長の提案だった。
「なんで!」
 誰もが声をあげた。すべきことは、星間商事創立61周年に配られる社史の編纂で、同人誌など作っている場合ではないだろう。29歳の川田幸代は、男同士の恋愛を描いた小説で仲間と同人誌を出し、即売会で売っている。課長の発想は、幸代の姿に刺激されたものだった。たるんでいるから同人誌を出し、気持ちをひとつにして編纂作業に邁進したい--。おかしな理屈である。幸代の疑問をよそに、本間課長は時代小説を書き始めた。

kibe091126.jpg三浦しをん『星間商事株式会社社史編纂室』

 社史編纂室は、人の吹きだまり、掃き溜めだった。そこにいるのは、星間商事の出世コースをはずれた者ばかり。定年が近い本間課長。主人公で、同人誌作家の幸代。2年先輩の矢田信平は女好き。元気だけが取り得という、後輩のみっこちゃん。そして、一度も姿を現さない、"幽霊室長"。

 こんなメンバーが、仕事もせずに同人誌を作る。社史など永遠にできないのか? 三浦しをんは、永遠のモラトリアムを描くのか? しかし、そうではなかった。"戦後史の闇"とでもいおうか。作者のテーマは意外なほどに生真面目だった。

 本間課長は同人誌作りを進めるが、幸代は本来の仕事を忘れていない。みっこちゃんと協力して、社内の取材を進めてゆく。しかし、問題があった。古くからの関係者に取材しても、ある時期の話になると誰もが言葉を濁すのだ。それは、星間商事の業績が飛躍的に伸びた高度経済成長期。なぜ? 星間にはうれしい時代のはずなのに。これ以上嗅ぎ回るなという匿名の手紙すら舞いこむ始末。しかし、その謎はついに解けた。

「1955年ごろ、日本の商社は主に東南アジアで、激しい商戦を繰り広げていました。なぜかというと、戦後賠償がお金になったからでーす」

 みっこちゃんが説明する。戦中、侵略した国に対して日本は賠償金を払った。それはホテル建設や道路網の整備に使われたが、仕事を請け負ったのは日本の商社。星間もその一角に食いこんで、莫大な利益をあげた。しかも、星間商事は日本人女性を相手国大統領の愛人として送りこみ、特別な便宜をはかってもらっていたのである。

 会社の上層部は認めなかった。掲載も許さなかった。しかし、編纂室のメンバーは文章にして残したいと思う。自分たちが書かなければ、永久に忘れられてしまうから。そこで思いついたのが、裏社史の編纂。同人誌として作り、正規の社史と一緒に配布すればいい。"社史編纂室でも同人誌を作ろう"という本間課長の思惑も、実はその方向をめざしていたのだ。

 表紙カバーは、青空を背景にそびえ立つ、星間商事社屋。カバーを取りはずすと、空襲を受けて廃墟となった、東京の姿が現われた。焼け野原から出発し、人に犠牲に強いながら利益をあげて、今日の繁栄を築いた。物語の背景が、二枚の写真に暗示されている。

 成功の陰に犠牲はつきものだが、人の心を踏みにじる真似は許されない。社史編纂室は星間商事の吹きだまりでも、正義感は忘れていなかった。彼らには、人としての切実さがある。組織に生き、出世をめざす人間は、前しか見ない。他人を踏み台にして何とも思わない。しかし、踏み台にされた人間は、傷つき、迷い、悩み、後ろを見ながら人の心を大切にしようと思う。繁栄の陰で犠牲になった女性に共感するのは当然のことだった。

 幸代の仲間が、結婚するなら同人誌など続けられないと悩む場面がある。オタク過ぎて、未来の夫に恥ずかしいから。そうではない。同人誌は、誰にも遠慮せず、本当の思いを形にできる。宝だろう。心の宝と引き換えに、大人のずるさを身につける必要はない。いつまでも作り続けて、見るべきものを見続け、語るべきものを語り続けてほしい。

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2009.11.26  |  CULTURE
COLUMNIST

木部与巴仁

詩人

「FIGARO JAPON」本誌書評欄などに執筆。作曲家、演奏家とともに、“詩と音楽を歌い、奏でる”「トロッタの会」を運営。2012年3月(月)、すみだトリフォニー小ホールの「日本音楽舞踊会議」演奏会に出演予定。5月13日(日)、第15回「トロッタの会」を早稲田奉仕園スコットホールにて開催予定。隔週刊で「詩の通信VI」を発行中。http://torotta.blogspot.com/

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