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逃亡を続ける者たちに自己を託してみたくなる。折原一『逃亡者』

2009.12.24

逃亡を続ける者たちに自己を託してみたくなる。折原一『逃亡者』

 逃げる、逃げる、どこまでも逃げる。
 私たちは普段、前だけを見て過ごしている。しかし追われる者は、前よりも背後を意識しているだろう。いつ捕まるか、びくびくとおびえながら。

「青森は北のターミナルだからねえ、東西南北どこへでも逃げられる。まず北海道だ。札幌を目指すか、函館あたりに潜伏するか。それとも南へ逃げることも考えられた。盛岡に出れば新幹線で仙台でも東京でも行けるからな。日本海側を逃げれば、秋田や新潟が考えられる」

 殺人犯、友竹智恵子を追いかける刑事の頭は、めまぐるしく回転した。「はつかり」「日本海」「あけぼの」「はくつる」など、特急列車の愛称が浮かぶ。智恵子はどれに乗ってもいい。あらゆる可能性が考えられたが、彼女はいなかった。今度こそと思いながら逃げられてしまう。時候までの15年間、智恵子は刑事たちの裏をかいて、日本中を逃亡し続けた。名前と経歴を偽ったのはもちろん、整形手術まで自分の顔にほどこして。

kibe1.jpg折原一『逃亡者』

 折原一の最新ミステリー『逃亡者』から、容疑者が逮捕されたばかりの、英国人女性講師死体遺棄事件を思い出した読者は多いだろう。容疑者のIは、2年半、名前と経歴と顔を偽って逃亡していた。それ以前には、同僚のホステスを殺害し、やはり15年間、全国を逃亡し続けた福田和子の事件があった。『逃亡者』の友竹智恵子は、直接には福田和子に触発されたキャラクターだろう。

 智恵子は、女友だちと、互いの夫を殺そうという交換殺人を企てた。しかし、実行したのは智恵子だけ。友だちは約束を守らなかった。いったんは逮捕された智恵子だが、警備の隙をついて逃走。警察が捕まえるか、智恵子が逃げ切るか。時効の成立まで、スリリングな展開が続いてゆく。折原一ならではの趣向をまぶしながら。

 前半は日本各地を舞台にした空間の広がりを感じさせるが、クライマックスに向かうにつれ、一転して、ある密室が舞台になる。

 交換殺人にせよ、背景には智恵子だけが知らない、ある企みがあった。
 文体が多様だ。逃げる智恵子、追う刑事を三人称で描くことに加え、芝居の台詞とト書きを思わせる書き方で、関係者の証言が現れる。インタビュアーも物語の登場人物だ。それは誰で、いったい何の目的が?......

 内容にひかれたのはもちろんだが、表紙カバーの絵もいい。スティーヴン・キングや宮部みゆき、恩田陸、江戸川乱歩などの表紙画で知られ、折原一の作品も数冊を手がける、藤田新策の筆である。鞄を提げた女が、スーツ姿で、夜のプラットホームに立つ。特急列車が止まっている。そのヘッドマークから、おそらくは「白鳥」。大阪と青森を結ぶ特急だ。女は「白鳥」に乗ろうとするのか、降りたばかりか。別の乗り場には寝台列車が見える。特急と寝台。しかし、どちらにも乗らず、駅を出て、彼方で光るネオンの光に紛れてもいい。藤田新策は、ただ一枚の絵に、女の過去と現在と未来を象徴させた。

 殺人犯なら、刑に服して罪を償わなければならない。それが常識だが、逃走劇を見守る者の心に、逃げおおせてほしいという意識が生まれるのも事実である。

 追う者より追われる者に、読者は自分を重ねる。私たち一般市民は、手に力のない弱者だ。警察など法の執行者の前にはひとたまりもない。罪を犯していなくても、冤罪で捕らえられることだってある。大人なら、暗い過去のない者などいない。だからこそ、福田和子や友竹智恵子や、逃亡を続ける者たちに自己を託してみたくなるのである。折原一は、そんな心理をも作品に生かしている。

"友竹智恵子は捕まらない 時効成立まであと○日 私は祈ります 私は友竹智恵子を応援します 指名手配犯応援サイト"
 この文章が、何を意味するのか? 折原一ならではの趣向を楽しんでみよう。

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