2010.02.05
植草甚一の一生は、若々しい"青春"だった。津野海太郎『したくないことはしない』
"したくないことはしない"
書名が、ひとことで生き方を表わしている。自由だが、頑固。気ままだが、一貫性はある。
映画、ジャズ、ミステリ、英米文学などの評論家であり、イラストやデザインも手がけた多芸多才の人。何といっても読書家で、古本屋街に出ると大量に買いこみ、タクシーに本と自分を分乗させて帰ったこともあるという。代表的エッセイ集のタイトルを引いて紹介するなら、"散歩と雑学がすき"な人。
そんな植草甚一の人間像を、晩年の十数年を知る津野海太郎が描いた。1908年の誕生から1979年の死まで、人生のすべてに触れているが、副題に"青春"の言葉を使ったところに、本書の視点がある。
植草甚一の一生は、若々しい"青春"だった。あるいは、老いて一般に知られた植草だが、生き方が形成された"青春"時代にも焦点を当ててみよう、ということ。
1970年代後半、「平凡パンチ」などの雑誌が、盛んに植草を取り上げていた。豊かな髪と顎髭。派手なプリントのTシャツを着てジーンズをはき、気ままにニューヨークを散歩し、現地の若者と交わる。そんな姿に接し、書店に植草の本が並んでも、私は横目で眺めるだけだった。
まだ十代の後半で、価値がわからなかった-十代、二十代の若者にこそ人気があったのだが-。あるいはへそ曲がりで、人気者を受け入れない。理由は様々だが、今もしっくり来ていない。
植草甚一の著作はなぜ、今も読まれるのか? 書店には彼だけのコーナーがある。102年前に生まれ、没後31年前が経つ。本書のカバー写真になっているヒッピースタイルだって、今のものではないのに!
最も目を引くのは、晶文社の「植草甚一スクラップ・ブック」だろう。全40巻に別巻が1冊。代表的エッセイ集『ぼくは散歩と雑学がすき』も『ワンダー植草・甚一ランド』も、70年代初頭の刊行だが、どちらも新刊扱いだ。テーマ別の日記や、生き方を紹介したビジュアル本。関係者の文章を編集し、肉声を収めたCD付きの生誕百年記念本まである。
もう一度、問おう。
「植草甚一の著作はなぜ、今も読まれるのか?」
なぜ人気があるのか? でもいい。答えのひとつは、植草本人の言葉を引用しつつ、著者が書いている。
「ぼくの散歩には自然の風景はどっちでもいいし、そのかわりに何か買うものが目に付かなければならない」
「下町そだちですからね、ぼくは安物買いの銭うしないなんです」
高価なホンモノより、安価なニセモノ、ゲテモノが大好きで、それらをいかにも楽しげに、嬉しげに扱い、語る。するとニセモノやゲテモノに、ホンモノとは別の意味と価値が与えられる。著者は、そんな植草を初めに支持したのが、高度経済成長時代に登場した団塊世代で、買い物が大好きな彼らの、植草はお手本になったのではないかという。
ある意味で、日本の誰もが植草のような"下町育ち"、都会っ子、生産より消費する者になったということだろう。
それ以外の理由は? 私の考えをつけ加えよう。植草甚一は、モノに加えて情報の消費者でもあった。
現代は、手軽に情報が消費される時代である。新聞、テレビ、インターネットなどを経由した情報があふれ、日本人の多くは雑学者になった。情報を得れば、人は発信したくなる。本格の、ホンモノの情報でなく、ニセモノやゲテモノの情報でもいい。いや、その方こそ人には好まれる。植草甚一の情報に嘘はなかったろう。しかし、汗水流さず、コンピュータや携帯電話のボタンを押すだけで得られ、発信できる情報の、何て危ういこと。危ういとわかっていても止められないし、2ちゃんねるのように、危うさの中にも一片の真実があるのだから、抑えつけてはいけない。
情報の獲得者、発信者であった植草甚一のメディアは紙とインク、印刷物に限定されていた。しかし、情報の消費者としてのあり方は、今でも充分に刺激的だ。散歩しながら買い物をして、買い物とあわせて雑学を仕入れて、おしゃれを楽しみながら原稿を書き、イラストを描き、自分のスタイルを語る。そして、"したくないことはしない"こう書くだけなら、今の若者と何も変わらない。
101年前の生まれなのに、植草甚一はたっぷりと時代を先取りしていた。時代こそが植草に追いついたと、言い換えるべきかもしれない。私など、あの人気ぶりはしっくり来ないと思いつつ、時には一冊を手に取って、ページをめくり続けるのだろう。
木部与巴仁
詩人
「FIGARO JAPON」本誌書評欄などに執筆。作曲家、演奏家とともに、“詩と音楽を歌い、奏でる”「トロッタの会」を運営。第11回公演は、3月5日(金)19時、JR大久保駅に近い、スタジオヴィルトゥオージにて開演予定。演奏曲は、伊福部昭『摩周湖』、今井重幸『神々の履歴書』、橘川琢『うつろい』、清道洋一『いのち』、酒井健吉『ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ』、田中修一『ムーヴメントNo.2』、宮崎文香『めぐりあい』。隔週刊で「詩の通信IV」を発行中http://torotta.blogspot.com/
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