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美しい切り絵が、軟らかな少女の心を紡ぐ。垣内磯子『しょくぶつえんのまいご』

2010.07.22

美しい切り絵が、軟らかな少女の心を紡ぐ。垣内磯子『しょくぶつえんのまいご』

 幼いまあやは、おかあさんと妹と一緒に植物園を訪れた。

 目の前にそびえる、大きな温室。まあやはいきなり駈け出した。

「立入禁止」

 大きな立て札があったが、まあやに漢字は読めない。

 赤い花が咲いていた。近づくと、いきなり真っ赤な蝶が飛び立った。

 こぶだらけの木にぶつかる。「がおーん!」怪物が飛び出して吠えた。

 ラッパのような花からは噛みつき魔女。「ずばずば ずばずば ずーん!」

 スイレンの池では蛙のお化けに追いかけられた。かと思えば、白い花の上で男の人、女の人が踊っている。まあやもつられて踊り出す。頭の上を、さっきの赤い蝶が飛んで行った--。

 谷中ボッサというカフェがある。名前から想像できるとおり、ボサノヴァの雰囲気をただよわせている。

 春になれば、JR山手線・日暮里駅から谷中霊園の桜並木を抜けてゆくのが楽しい。谷中、根津、千駄木あたりのギャラリーめぐりと合わせて立ち寄る人が多く、ボッサ自体、壁面を使った展示会を行う。東京芸大に近く、音楽、美術関係者に知られている。私も何度か、詩と音楽のライヴを行ってきた。打ち合わせで訪れた、ある日のこと。

 白い壁に、数点の切り絵写真を見た。

 色あざやかな草花、樹々の写真が、人や動物の形に切り抜かれている。

 アクリルの透明パネルにはさまれ、壁が白いから、例えば蝶なら飛んで見える。人なら踊って見える。動物は走っているようだ。

 何の展示だろう。

"辻恵子「しょくぶつえんのまいご」絵本原画展"

 絵本が置かれていた。

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 手に取ると、それは「キンダーメルヘン」の7月号。詩人・垣内磯子の文章と、切り絵作家・辻恵子による『しょくぶつえんのまいご』だった。

 椅子にかけ、コーヒーを飲みながら見た。切り絵という表現に、格別の思いはない。しかし辻恵子の原画は、見れば見るほどおもしろかった。

 写真を切り取っている。素材は、熱帯植物の温室で撮った写真。誰が撮っても同じだろう。それが辻恵子の手と目にかかると、思いもよらない形になる。

 写真のある部分、--例えば人の顔には白い部分を、頭髪には黄色、洋服には黒、靴には緑の部分を選び、人の形に切り取っていく。花や木には異なる色が隣り合い、凹凸があり、そこに影も明るさも生じているから、上手に場所を選べば、人や動物の姿になる。辻恵子は、植物写真に隠された生き物の姿を探し当てていたのだ。

 アンスリウムの花からは、真っ赤な蝶を。

 ガジュマルの木からは、筋骨隆々たる怪物を。

 アルストロキアの花からは、髪を逆立てた魔女を。

 スイレンの葉からは大きな蛙、その花からは踊る男女を。

 目をみはる、とはこのことだろう--。

 店の隅に、参考として中央公論新社の2010年版図書目録が置かれていた。表紙が、やはり辻恵子の切り絵写真である。

 女性がコーヒーカップを手に、文庫本を読んでいる。(ジェローム・K・ジェローム作『ボートの三人男』だった)その写真が二か所ほど切り取られ、立ちながら本を読む女性と、座って読む男性の形になっていた。

 もちろん、すぐにできるはずはないが、私も切り絵をしてみたいと思った。写真は何でもいい。街でも、海や山でも、人ごみでも、散らかった私の部屋など、いろいろな色と形があって、うってつけかもしれない。

 見えないはずのものを見る。

 見ようとすれば、私たちの目は、何でも見える。

 見えないものが、世界の至るところに隠れている。

 見ようとしないから、見えないだけ。

 辻恵子のWEBサイトに、プロフィールがあった。

「新聞紙など身のまわりにある紙を素材に一筆書きのようにハサミで人物像を切り出し、目など部分的加筆以外は素材にある元々の色を活かす独自の切り絵を発表」

 切り絵の絵本に、印刷された数字から人や生き物を切り出した『かくれたかたち1 2 3』。非常口のマークから逃げる人、郵便局のマークから手紙を持つ人などを切り出した『マークのなかに かくれた かたち』がある。さらに水彩画の絵本『まるをつくる』や、貼り絵の絵本『かげはどこ』も手がけているという。

 谷中ボッサで過ごした数十分。硬くなっていた心がほぐれる思いだった。カフェを出れば、また元通りだろうが。

 私は今まで、見えていたはずのものを、たくさん見落としてきたのだろう。ほんの少し、心を軟らかくしてやればいい。この書評も、一冊の本から、隠された何か、埋もれている何かを探し出す仕事ではないのか。

 植物園で迷子になり、花や木から現われた人や生き物に出会った少女まあやは、辻恵子自身に違いない。

 少女の心は軟らかい。大人の目には見えない形が、少女の目には見える。辻恵子の目にも見えている。私も、世の中いたるところにある「立入禁止」の札を超え、見てはいけないものを見つけたい。

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2010.07.22  |  CULTURE
COLUMNIST

木部与巴仁

詩人

「FIGARO JAPON」本誌書評欄などに執筆。作曲家、演奏家とともに、“詩と音楽を歌い、奏でる”「トロッタの会」を運営。2012年3月(月)、すみだトリフォニー小ホールの「日本音楽舞踊会議」演奏会に出演予定。5月13日(日)、第15回「トロッタの会」を早稲田奉仕園スコットホールにて開催予定。隔週刊で「詩の通信VI」を発行中。http://torotta.blogspot.com/

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