2010.07.27
バス停という人生の鏡を映し出す。柴田秀一郎『バス停留所』
吹雪の中にぽつんと、道北バスのポール(標柱)が立っている。バス停の名は読めない。見渡す限りの雪景色で、ここで待っていて、バスなど来るのかと思う。
枯れ草、冬枯れの木、錆びたポール。あつまバス、柏原という文字が読める。しかし、道がない。ここは、人もバスも通わない土地だ。北海道苫小牧市柏原にて。
岩手県交通、一ノ沢のバス停には質素な小屋がある。老婆が座っていた。小屋の前の花壇が供え物に見え、老婆は地蔵に見え、小屋は古びたお堂に見えた。
(ここに書いている文章は、写真を見た印象だ。誤解がある場合、バス停を利用する方々、バス会社の関係者にお詫びしたい)
バス停に記憶のない人はいないだろう。
いったい、いつ来るのかと、照りつける太陽のもと、吹きつける北風の中、じりじりしながら待った記憶。
反対に、バスを待つことさえ忘れ、恋人と談笑にふけった記憶もあるだろう。終わりが見えた仲なら、気まずい時間だが。
あるいは映画にしばしばある、バスで故郷を発つ主人公を、家族が見送っている風景。主人公になったつもりで、手を振る人の姿を、いつまでもスクリーンに見ていた。
「私はサラリーマンと写真家の二足の草鞋を履いている。12年ほど前、サラリーマンとして営業車を運転して北関東と東北五県を回っていたとき、なぜかふとバス停が目に止まった。まずその形が面白い。そしてよく見ると、バス停に並んでバスを待つ人の表情やしぐさ、まるでメジャーで測ったかのように等間隔で立っている姿がとても印象に残った。待ち人は老人と学生ばかりで、背広姿の会社員がいないことも興味深かった」

写真集『バス停留所』の撮影者は柴田秀一郎。柴田にもバス停をめぐる記憶があったに違いない。だから、仕事中にふと、バス停が目にとまった。
彼は10年以上をかけ、全国を巡って188か所のバス停を撮影する。中には、もう存在しない、柴田の写真にしか残っていないバス停もあるという。
人も 馬も 道ゆきつかれ死にゝけり。旅寝かさなるほどのかそけさ
歌人、釈迢空(しゃく・ちょうくう)の歌である。
人も馬も疲れ果て、路上に死ぬ。旅の眠りを重ねながら、私はこれまでの人生、生と死を思っている。
1925(大正14)年に刊行した、『海やまのあひだ』に収められている。迢空は、よく旅に出た。旅の歌を詠んだ。古くから今日まで、旅の空に生き、旅の空に死んだ日本人の歴史に思いを馳せた。バス停の写真集を見て、真っ先に頭に浮かんだのが、「人も 馬も」の歌であった。
バスは生活の手段。人生の鏡。バス停には、そして車内には、さまざまな風景がある。そこにいる人自身が、他人を見つめながら、実は見つめられている。
ポールのそばに「ご遺体の搬送 24時間受付」の看板がある。ベンチは廃品のソファ。表面が破れ、中身があふれて"ご遺体"そのもの。宮城県登米市の国保病院前停留所。
新常磐交通が走る、福島県いわき市。地蔵前の停留所でバスを待つのは、人ではない。山の斜面に埋もれた、たくさんの地蔵たち。
そこがバス停だから、ゴミ袋は集まった。植木が置かれ、座蒲団が干され、犬まで来て、ああ、誰のための場所かと思うのは、福島県いわき市の北町停留所--。
北海道から順に、福島県まで南下したが、バス停の旅はまだまだ、沖縄県まで続く。
柴田秀一郎は、バス停に並ぶ人の姿を見て、写真を撮り始めたという。しかし、故意にか、意図せずにか、人が待つバス停の写真は意外なほど少ない。数えてみたら約六分の一である。
「東京都杉並区上荻」というクレジットの写真は、柴田がいうように、メジャーで測ったように人が等間隔で立ち、雨の中、傘をさした人々が辛抱強くバスを待っている。しかし、同様の風景は他になかった。人の気配を感じさせない写真の方が多いのだ。釈迢空の歌をもじって、「人も バスも 道ゆきつかれ死にゝけり」と詠みたくなるほど。
柴田秀一郎は、こんなことも書いている。バス停の写真を、全国に足を伸ばしながら撮り続けて実感した。
「地方の過疎化は想像以上であり、集落を維持することすら困難な状況を知った。利用者が減ればバス路線は廃止となり、バス停が無くなっていく......」
バス停は、そこにまだ人がいるということの証なのか。
写真と歌。
表現は違っても、柴田秀一郎は釈迢空と同じことをしようとしたのだろう。バス停に、人の一生を見るなどというと、大げさかもしれない。しかし人間社会の断面を、バス停は確かに映している。バス停に生まれて消えたさまざまなドラマ、読者自身もいるドラマを、写真集を見ながら思い描いていた。
木部与巴仁
詩人
「FIGARO JAPON」本誌書評欄などに執筆。作曲家、演奏家とともに、“詩と音楽を歌い、奏でる”「トロッタの会」を運営。2012年3月(月)、すみだトリフォニー小ホールの「日本音楽舞踊会議」演奏会に出演予定。5月13日(日)、第15回「トロッタの会」を早稲田奉仕園スコットホールにて開催予定。隔週刊で「詩の通信VI」を発行中。http://torotta.blogspot.com/