2008.11.06
女性たち四人の、一世紀に及ぶ歴史を描いた物語
ケイト・アトキンソン『博物館の裏庭で』
主人公のルビー・レノックスは1952年生まれである。母のバンティは1926年か27年生まれ。祖母のネルは1888年生まれ。曽祖母のアリスは1857年生まれ。
『博物館の裏庭で』は、ルビーに連なる女性たち四人の、一世紀に及ぶ歴史を描いた物語だ。主な舞台は、古都ヨーク。本文を引けば「どの通りにも、歴史が沸騰している」
作者のケイト・アトキンソンは、ルビーとひとつ違いの1951年に、ヨークで生まれた。作者の人生が重ねられていると見ていい。彼女らは庶民だが、政治家や軍人だけが歴史の作者ではない。庶民が主役だとすれば、ここにこそイングランドの現代史がある。さらにいえば、これは女の歴史だということ。象徴的にいえば居間や台所が主な舞台だが、女たちは世の中の動きを意識している。
女王エリザベス二世の戴冠式があり、第一次と第二次の世界大戦があり、ザ・ビートルズが登場し、1966年にはイングランドと西ドイツの間でサッカー・ワールドカップ大会の決勝戦が闘われ、さらにフォークランド紛争の影が落ち。
印象的なのは、何度かある旅の描写だ。中でも1958年の家族旅行。
浮気を重ねる父のジョージと折り合いが悪く、母のバンティが家を出る。しかし旅行は予定どおり行われ、ルビーを始め、パトリシアやジリアンら子どもたちは、旅先で一週間、ドリーンおばさんに面倒を見てもらう。そこで行われる遊びの数々。
輪になって歌いながらする「十本のグリーンボトル」「男が一人草刈に行った」、トランプゲームの「ペイシェンス」「スナップ」、すごろくの一種「ルードー」「蛇と梯子」などなど。
当時の子どもたちが夢中になった遊びが、臨場感と愛情を持って紹介される。
しかし、それだけではない。父のジョージが子どもたちを迎えに来た次の日の朝。ルビーはカーテンの陰から見てしまう。パジャマ姿の父と、スリップ姿のドリーンおばさんが、からだを添わせて歩いている姿を。
おばさんには、第二次大戦で死んだ、爆撃機搭乗員の恋人がいた。
次女のジリアンは活発な女の子だったが、そのために交通事故死する。
ルビーは実は双子の妹で、記憶にないくらい幼いころ姉のパールを亡くしていた。
父のジョージは、サッカー・ワールドカップ決勝の日、戯れの最中に腹上死......。
歴史とは、こうした数限りないできごとの集積である。ただし、そのエピソードを書き並べていくだけでは、読者は歴史を意識しない。停まらずに流れる時代のいつ、どこに、その恋愛や死が位置するのか、作者は明らかにしなければならない。それができた時、どこにでもいる女の子や、だらしのない父親が、歴史の登場人物となるのである。
ケイト・アトキンソンは認識している。庶民は歴史を造りながら、同時に流されてもいく、と。『博物館の裏庭で』は、間違いなく歴史小説と読んでいい作品である。
木部与巴仁
詩人
作曲家、演奏家とともに、“詩と音楽を歌い、奏でる”「トロッタの会」を運 営。2012年5月13日(日)、第15回「トロッタの会」を早稲田奉仕園スコットホールにて開催予定。隔週 刊で「詩の通信VI」を発行中。http://torotta.blogspot.com/
