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16:真冬の珍味

2012.01.27

16:真冬の珍味

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 毎朝、零下である。
 もうそろそろか、と暦を思う。日が上る前に、逸る気持ちを抑えるようにして出かけていく。少し離れたところに毎週立つ、青空市場へ行くのである。その一画に、外食店が買い付けに行くような品揃えの良い魚市場がある。
 真っ暗な広場の奥に、赤白の縞模様が裸電球に照らされて、ぼんやりと浮かんで見える。冷気と湿気除けに、大きなビーチパラソルを店の屋根代わりに広げ、その下で魚介類を売っているのである。
 無愛想な店主と目が合うと、あるぞ、というふうに顎をしゃくってみせる。蟹である。

 モエケと呼ばれるこの蟹は、1月から2月にかけてのごくわずかな時期しか市場に出回らない。まだ暗がりの中、その蟹の上に電球が吊るされていて、スポットライトに照らし出される花形役者のようである。
 蟹は、大人の親指くらいの大きさしかない。箱に入ったかち割り氷の上で、忙しなく足を動かしている。
 この黒茶の地味な蟹は、脱皮したばかりの子蟹である。それを、溶き卵、辛口の蒸留酒、すり卸したニンニク、みじん切りのパセリ、塩を混ぜ合わせた中に放り込む。生きたままでなければならない。
 子蟹は卵と酒の海に飛び込み、泳いでいるうちに酔い潰れる。そこをさっと引き上げて、粉をまぶし、高温の油で手早く揚げ、熱々を丸ごと食べる。一口で食べること。
 皮は香ばしくて柔らかい。蟹が今しがた吸い込んだばかりの卵や酒、ニンニクの風味が、一噛みごとにじわりと滲み出る。冬の海を封じ込めて口に放り込んだようである。

 ミラノの冬は長くて暗く寒いが、居ながらにしてヴェネト地方の名物料理、モエケを味わえるのは悪くない。
 揚げる前にぎょろりと上を睨む蟹と目が合って、浸け汁に蒸留酒をグラスにもう半分ほど注ぎ加えたのだった。


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2012.01.27  |  CULTURE
COLUMNIST

内田洋子

エッセイスト

著書『ジーノの家』(文藝春秋刊)で第59回(2011年度)日本エッセイスト・クラブ賞、第27回講談社エッセイ賞を受賞。
UNO Associates Inc.代表。
欧州の報道機関、記者、カメラマンをネットワーク化してマスメディア向け情報を配信。
Title Photo:2011©Julie Pisu

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