2011.10.07
0:紙つぶて

イタリアのふつうの人の毎日をまとめた本で賞を授かった。イタリアの友人から「授賞式に付けて」と祝いの品を受け取る。
ブローチらしい。大型の安全ピンに、数個の玉が並んで突き刺してある。いびつな玉をよく見ると、雑誌や新聞紙、本のページを硬く丸めたものだった。
ミニ現代アートのブローチには、<SILENZIO STAMPA>と書いたタグが付いていた。
報道規制、というような意味である。
私は長らく日本のマスコミに向けてイタリアから、報道の材料を提供してきた。政治経済からスポーツ芸能まで、ネタを探してきては日本の編集部へ打診する。大事件は大手通信社に任せ、こちらの狙い所はもっぱら、現地にいなければ拾えないような話である。
イタリアの各都市はそれぞれに個性的で、独自の情報源を持つ日刊紙が存在する。全国の日刊紙に協力をあおいで、情報を集めては日本に紹介した。
昔は電話やファックスで情報が届いた。特ダネが入ると、提供者とこちらが互いの町から高速道路に乗り、中間地点の町の食堂で落ち合って、紙焼き写真を手渡しで受け取ったりした。
ネタの一覧を見た日本から依頼が来ると、記事を書く。掲載されて、読まれて、捨てられる。忘れられる。週が明けると、再びイタリア各地から電話が入る。提案する。書く。捨てられる。
祝いに貰ったブローチのいびつな紙つぶては、これまでに書いては丸められて闇へと消えていった、無数のニュースの塊のように見えた。
長らく事件報道も追ったが、ある日ふと、驚かせよう、笑わせよう、誰よりも速く知らせよう、という甲高いイタリアのネタ探しはもう辞めようと思った。
イタリアだけでなく、有名になりたい、裕福になりたい、と上を目指す人が多いが、大半の人は平凡に暮らして一生を終える。
そのどこが悪い。
一生無名でも、それほど金持ちにならなくても、自分の持ち分や好きなことを知り粛々と暮らすことこそ、実は何より粋なことではないか。
ふつう Ordinario こそ特別なこと Straordinario、という思いが強くなった。
ニュースになることのない、乙なイタリアのことを紹介していきたい。
「静かな ことばを胸に」
silenzio stampa
ブローチを贈ってくれた友人のカードには、そうあった。
内田洋子
エッセイスト
著書『ジーノの家』(文藝春秋刊)で第59回(2011年度)日本エッセイスト・クラブ賞、第27回講談社エッセイ賞を受賞。
UNO Associates Inc.代表。
欧州の報道機関、記者、カメラマンをネットワーク化してマスメディア向け情報を配信。
Title Photo:2011©Julie Pisu