2009.01.16
歌舞伎見物は、きもので。
歌舞伎を、きものを着て観に行く。これは、新しい年を迎える度に決心することなのですが、去年は一度も実現することなく終わってしまいました。浅草公会堂の恒例、お正月の花形歌舞伎に頑張って加賀友禅の絵羽織を着て出かけたのも、もうおととしのことになります。その何年か前、決められたきものの日に着ていった時は、お正月らしい華やかさと浅草ならではの賑わいに感激しました。気取らない、心からきものを楽しんでいる気分が満ちていて、若い役者さんたちのお芝居を盛り上げているようでした。
また、その日の浅草公会堂では、きものを着てこなかった人に半纏を貸してくれるサービスがあり、きものの着付けを直してくれるコーナーもあったりで驚いた記憶があります。あれは、今も続いているのでしょうか?それと、きもの姿といっても、女の子でふくらはぎ丈ぐらいの短いきものにブーツという人もいて、丁度そんなきものの着こなしが雑誌等にも出ていた時期でしたが、さすが浅草と感心してしまいました。
さて今年のお正月。一緒に食事をする機会のあったフィガロの編集のかたニ人ときもので歌舞伎の約束をしてしまいました。ニ人とも、きものページの担当者。おひとりは、歌舞伎初体験ということだったのですが、今月の新橋演舞場の出し物は、そんなかたにもピッタリと是非にと勧めてしまったのです。
東銀座に向かう地下鉄のなかで、すでにきもの姿の3人ずれを見かけて、成人の日でもあることを思い出し、今日は素敵なきもの姿に沢山出会えそうという期待に胸がふくらみます。案の定、演舞場が近づくにつれて、きものが目につき始めます。ベテランが多く出演している歌舞伎座とは違って、初春花形歌舞伎と銘打った演舞場は、市川海老蔵、中村獅童お目当ての若いファンも多いせいか、どことなく若やいで華やかきものが目を楽しませてくれます。
地味めの紬のきものでも、帯は鮮やかな織りのもので、お正月の歌舞伎見物気分が見ているほうにも伝わってきます。モダン過ぎ、スッキリし過ぎのきもの姿は、あまり見あたらず嬉しくなってしまいました。私がフィガロのきものページで目指しているのは、いかにもきものらしい、きものならではの可愛いさや華やかさを大切にしたものだからです。
印象に残ったきもの姿をいくつか・・・
淡いブルー地に大きめの紅型小紋に白地の袋帯、髪を華やかにアップにして・・
白地に細かな赤の小紋のきものに黒地に赤と金の刺繍があでやかな袋帯・・
黒地の地味めだけれど粋な訪問着に渋い銀の袋帯・・
淡いベージュ地に小さめの宝尽くしの小紋にパステル調の袋帯・・
薄いクリーム地に赤とグリーンで大きめの花柄を織り出した紬にえんじの帯・・
このなかには、フィガロのお二人もはいっています。
後になって思い返してみると、ピンクや赤のきものが結構多かったと思います。これも、私にとっては嬉しい発見でした。きものは洋服と違い年をとってから派手な色を着るのは、許されません。まれに森 光子さんのように似合ってしまう人もいますが、普通の人には難しいのが真実ですから。そして、お正月の歌舞伎ということで、華やかにきっちりきものを着た人が目につきました。私自身も普通の月には紬を着て行ったこともありますが、今回は染めのきものにしようと最初は考えていました。
ところが、丁度これもフィガロの書評のために読んでいた本があり、きものに関するものですが、その中に、お召しのきものに関することが沢山書いてあり、少し前まで外出着としていろいろに着られていた記述を読み、お召し好きとしては、すっかり嬉しくなってしまいました。それに今回は、若いおニ人の付き添い気分ということもあり、母のを仕立て直したグリーン地のお召しに決めました。帯は、淡いブルーグレー地に貝桶の柄の染め名古屋帯。コートは、少し派手な紫をぼかしたひげ紬の道中着。(注:お召し はお召縮緬(ちりめん)の略。織のきものですが昔は訪問着や振袖も作られていた外出着向きのきもの。今なら綸子(りんず)にあたる。)
結果として、お正月の歌舞伎見物らしい華やかさには欠けた装いだったと反省しています。きものの仕事もする身としては、少し考えが浅かったようです。せめて帯を御所解の袋帯にすれば良かったのですが。最初に考えていた藍染紅型にするべきだったと・・・。後悔先にたたず、ですが・・・
ただし言い訳をひとつ言えば、きものを着る楽しみのひとつは何を着るか考えるその時にある気がします。日常の洋服とは異なり、特別な日のために少ない中から何が一番適切か頭をめぐらす。きものが決まったら、次は帯はどれにするか。帯揚げと帯締は、その前に襦袢と半襟のこともあるし・・・そんな時間こそきものの楽しみなのです。それには、心と時間の余裕が必要です。それを確保すること。それこそきものの醍醐味かもしれません。
花形歌舞伎そのものには大満足。勢いにのっている海老蔵さん、封印切りの獅童さんの成長ぶり、ご存知白浪五人男の名せりふ、どれもたっぷり楽しみました。
そして歌舞伎の衣装も、きものの魅力がいっぱいです。海老蔵さんの弁天小僧が着る黒地の振袖の柄の華やかさ、襦袢の麻の葉模様は好みだから言うことなし。亀屋忠兵衛役の獅童さんの染めの縞のきものに小紋の羽織という若だんならしいぞろりとしたきもの姿も参考になります。
オペラやバレエの舞台より客席が明るいのが歌舞伎の特徴でもありますが、その空間にきものを着て座ることにより舞台との一体感が生まれ、より自然に感情移入できる気がします。これがきもので歌舞伎のいちばんの効用かもしれません。
きもの姿の観客の艶姿も沢山お見せしたかったのですが思うようにはいかずおひとり写真におさまっていただけました。
艶のある大柄の小紋の可愛さが際立っていた彼女は、成田屋ファン。髪飾りと帯あわせも印象的でした。劇場から出てくる人達は、おもいおもいのコート姿。毛皮のショールやケープスタイルも目につき、そのヴァリエーションの豊富さも心に残りました。連日のようにテレビで報道される不況の嵐のことを、しばし忘れる時間を過ごせたことは事実です。来年のお正月もきもので歌舞伎を。その前にもまた実現したいと思っているのですが。

原由美子
スタイリスト
日本のスタイリストの草分け的な一人。1970年雑誌「an an」創刊に参加。その後、スタイリストとして活動をはじめ、1990年からはフリーのファッションディレクターとして「フィガロジャポン」「婦人公論」「Hanako」など数々のファッションページや朝日新聞のコラムなどを手掛けてきた。著書に「原由美子のおしゃれ上手」など。