2009.06.10
この季節の風物詩「富ちゃん」の"時鮭の塩焼"
毎年、5月の連休前後になると、心待ちにして食べにいくものがある。"鮎"ではない。"塩鮭"。それも、麻布十番「富ちゃん」の自家製"時鮭の塩焼"である。
初めて、そのおいしさに開眼したのは、かれこれ10年ぐらい前のことになるだろうか。以来、この季節になると、一度は食べずにいられない、私の食の風物詩の一つとなった。
5月某日、仕事場の留守電に、いつも元気なご主人末富宏さんの伝言が残っていた。
「森脇さん、今日、最高の時鮭が入ってますよォ・・・」
というわけで、早速「富ちゃん」へ。今夜の夕食は、極上の"塩鮭定食"だ。
「富ちゃん」に来た時は、大抵ご主人におまかせ。1人の時はなおさら。ご主人がいつもその日のおすすめを適当に見繕ってくれるからだ。まず、最初に出してくれたのは、松輪で揚がった新鮮な鯵。肉厚で脂がのっている。
鯵のお刺身
夏が近づいていることをしみじみ感じていたら、"鱧のおとし"が目の前に。こうなると気分は一気に夏である。ハシリの鱧にしては、脂ものっていて身も厚い。ご主人によれば、天草の鱧だそうだ。
鱧のおとし
続く初カツオの刺身は、サッパリとして香り高い。血の香りというか鉄分の旨味が広がる。お造りを少しずつ頂いたところで、いよいよお待ちかね、時鮭の登場である。
時鮭の塩焼
先ほど、"時鮭の塩焼"と書いたが、正確に言うと、これはマチガイ。塩時鮭の焼きものである。塩焼と塩鮭では、チョット(いやだいぶ?)違う。焼く直前に塩をふって焼いたものと、塩漬けにして焼くのとでは、焼きあがりの味わいはかなり異なる。
時鮭の場合、断然、塩漬けにした方が旨い・・・と思う。余分な水分が抜け、塩味と鮭の旨味が熟れあった頃、3日目あたりが一番だろうか。
時鮭とは、鮭がまだ卵を持つ前、というよりも、これから卵を持つべく栄養を貯えている時期にとれる鮭のことと、ご主人が以前教えてくれた。別名時シラズとも、大目鱒ともいうそうだ。要するに、今が脂がのって一番旨いわけである。
目の前に運ばれてきた焼きたての塩鮭は、こんがりと焼けた皮から、脂がはぜるようににじみ出て、芳しい香りが立ち昇っている。その皮に、箸を入れれば、サクッとした感触と共に、しっとりとしたピンクの身が顔を出す。炊きたての白いごはんが思わず目の前に浮かんでくる。
「最低でも4kg、5~6kgぐらいのやつが一番いいね。脂ののり具合が違いますよ」とはご主人の末富宏さん。塩して2~3日目、塩と脂がなじみ、旨味へと熟成される頃合いを見計らって出してくれるのも、嬉しい限りだ。
脂がのっているにもかかわらず、嫌味なしつこさはまったくない。それどころか、豊潤にして香り高いその身は、たかが塩鮭とはあなどれない極上のおいしさ。ごはんと共にかっこめば、日本人に生まれた喜びをしみじみと感じさせてくれる。食べ終えた後、ふっと心が和むような、忘れかけていた日本の味である。
東京都港区麻布十番3-7-5 マスコビルB1
☏03-3456-5580
定休日/日
営業時間/18:00~26:00(L.O.)、土・祝~23:00(L.O.)
森脇慶子
フードジャーナリスト
「dancyu」をはじめ、数々の雑誌やメディアのグルメシーンで活躍する、フードライターの草分け的存在。取材はもちろん、プライベートでもひたすら食べ歩きに邁進。その小柄な体からは想像できないほど強靭な胃袋の持ち主。「東京最高のレストラン」の採点者を務めるなど、その舌に絶大な支持を集める。